いよいよ座談会当日。座談会は石川県漁協加賀支所の2階会議室で橋立漁港を背景に行われました。さすがに、前日夜の盛り上がりそのままの勢いで軽快なトークで始まるわけではなく、序盤こそはやや堅い雰囲気もありましたが、お互いの立場からの切り口で「持続可能な水産資源と食」のテーマに沿って、かなり踏み込んだ座談会となりました。
参加者
・帝国ホテル杉本総料理長
・橋本勝寿(石川県漁協加賀支所運営委員長、おいしかわ県PR協議会会長、底びき網漁業者、第五恵比寿丸(船主))
・辺本准(底びき網漁業者、第十八薫勝丸(船主船長))
・北川智生( 〃 、愛明丸(船主船長))
・遠塚谷透( 〃 、第五恵比寿丸(船長))
・メディア関係
(進行)島田拓土(石川県水産課)
しおり
1. イントロ~震災後の漁師の助け合い~
2.漁業者、料理人双方がそれぞれの立場の視点を大事に~お魚感謝祭や海業といった新たな試み~
3. 気候変動と資源管理
4.直面する課題(若手育成について)
5. 直面する課題(資材高騰や仲買人との関係)
6.メディア発信の現状と課題
7.高付加価値の工夫と総水揚げ金額を意識
8.最後に
1.イントロ~震災後の漁師の助け合い~
島田:まず昨日の夜の底びき網・定置網の魚の試食について、率直にどうでしたか?
杉本総料理長:鮮度が最高で、適切な調理法により素材の美味しさを存分に味わえました。紹介された日本酒も素晴らしく、より一層料理への意欲が高まりました。
昨年度も聞かせていただきましたが、石川県の漁師同士の助け合いは本当に素晴らしいと感じました。
島田:まさに今日出席している3名の漁師が2024年2月末頃、輪島や西海の底びき網漁師に義援金を渡しに行き、当時まだまだ道路が工事車両優先で県の車も通れないほど規制している中、自らの船で物資運搬の協力も申し出ていました。また輪島港の係船ロープが不足しているとのことで関係者に声をかけ、快く提供したとも聞いています。

2.漁業者、料理人双方がそれぞれの立場の視点を大事に~お魚感謝祭や海業といった新たな試み~
島田:帝国ホテルの料理人として、生産者の現場に足を運び、直接話を聞く今回の試みの意義を教えてください。
杉本総料理長:昨年度実施したディナーイベント「サンセリテ」では、石川県を訪れ生産者の方々への思いを直接伺い、その思いを料理に付加価値としてお客様へお伝えしました。ただ、このような形での生産者の皆様と交流の場を持たせていただくのは、今回が初めての機会です。それも、石川県の漁師の方の気持ちの繋がりに感銘を受け、生産現場でしか聞けない、感じられないその物語をお客様へ直接自らの口で話して届けていくことが大事だと感じたからです。
杉本総料理長:昨晩もお話があった、「お魚感謝祭」のお話を聞かせてください。若い漁業者がぜひやりたいとのお話でしたが。
漁業者:買う側の気持ちを知ることが目的でした。漁師が消費者や流通の視点を体験し、「魚をとって終わり」からの意識転換を促したいと思ったからです。結果地域全体がまとまり、共通意識を持って動く効果もありました。

杉本総料理長:メディア露出や飲食店側からの視点は、漁師の方の認識にどう影響しましたか?
漁業者:テレビなどで自分たちが見られていることを実感し、消費者や小売の視点への関心が高まりました。スーパーでの価格や料理で提供される価格と浜で水揚げされる価格の差など、当然人の手がかかるので当たり前なのですが、これまで見えていない視点をもつことができました。
島田:鮮魚販売だけではなく、甘えびの唐揚げ・塩煎り、メギスの唐揚げなど漁師の奥さんが作った物販もとても人気でしたね。前日から手伝いに入ったのですが、皆さんパワフルで手際がよかったです。
杉本総料理長:すごいですね。可能であれば是非私も参加してみたいです。
このようなイベントなど、加賀市などとの連携構想はあるんでしょうか?
漁業者:水産庁の「海業」を活用して観光交流人口の増加と地域活性化を目指していきたいと考えています。古い施設の建て替えを含め、加賀市、県、水産庁と連携し、水産業に加え、北前船、ぶどう園、梨園なども含めた地域全体の活性化をしたいと思っています。当然漁業者だけでは難しいため、市や観光協会等の支援も必要ですが。
杉本総料理長:「海業」の施策はまさに地域全体がWin-Winの観点で進めるということですね。
漁業者:漁業だけが良くなるのではなく、観光や地域経済も含めWin-Winになるのが重要だと思っています。情報発信が大事で、若い世代が何十年も続けられるよう、従来の漁協、漁業者の枠を超えて変革が必要です。石川県漁協も能登半島地震を受け魚をとるだけでなく、これまで以上に観光活用も視野に、ということを珠洲や輪島などでも考えていくよう舵切りをしています。

3.気候変動と資源管理について
メディア:水産白書にも書かれているような、気候変動について、現場の課題や解決に向けた要望はあるでしょうか?
漁業者:底びき漁業解禁日の9月1日は気温が35度超え、表面水温も30度となり、0〜2℃に生息する甘えびが一気に高温に晒され白くなってしまいます。富山県新湊ではベニズワイの解禁を10日ほど後ろ倒しにして、少しでも品質維持を図っているとききます。限られた資源で、操業初期の高温期は操業時期の再考が必要かもしれません。水揚げした際の劣化は後処理ではどうにも改善不能なので、解禁時期や操業ルール(日中はなるべく操業しない等)の見直しを検討していかないといけないという話をしているところです。
島田:解禁日当日はメディアも多く来るので、その映り方も気になりますね。
漁業者:夕方の生中継で視聴者からすれば、水揚された直後で見た目は綺麗に感じるかもしれませんが、自分たちから見れば甘えびは白く見えるし、鮮度劣化が明確です。視聴者は待ちに待った解禁と認識しますが、実際の色はもっと鮮やかな赤色なので、残念です。

メディア:魚の質が落ちているという話に加え、資源の減少はどうでしょうか?
漁業者:気候変動だけで資源の増減が決まるものではないですし、魚種によっても大きく異なります。気候変動に関しては自分たちでどうにもできないので、取扱い・保管・提供方法をどう生産現場で改善できるのか、冷凍可能なものは急速冷凍をしてストックするなどをして安定供給を目指さないといけないと考えています。価格の乱高下回避のためには、需要と供給のバランスを取り、資源管理も継続していかないといけません。
島田:資源管理の話でいえば、石川県に限りませんが、自主的に資源管理をしており、国の方針にも理解は十分にあります。しかし、一部メディアで書かれているような、休漁を思い切ってすれば当然資源は増えるかもしれませんが、これが長期化すると流通が止まり、結局魚を扱う飲食店の廃業や他県産や養殖魚、輸入に頼ってしまうため、単純な休漁策は考えないといけませんね。漁業者は自分たちの資源は自分たちで守るという自負があり、現場主導の管理はますます重要だと思います。
杉本総料理長:具体的な自主規制の内容はどのようなものがあるのでしょうか?
漁業者:同一水深帯でアカガレイとズワイガニが混在するため、ズワイガニの禁漁期間には、ズワイガニを保護するため、その水深帯に網をあてないようにしています。その分アカガレイはとれないのですが我慢しています。
メディア:新型コロナや、震災、豪雨災害と様々なことが起きたが、操業方法に変化はあったのでしょうか?
漁業者:需要低迷期や災害後でも、これまでと同様で、必要以上の水揚げはせず、操業場所や水揚量、操業期間といった自主規制を継続していました。次世代のために資源保護を優先し、関係者間で合意しながらやっています。

4.直面する課題(若手育成について)
メディア:料理人側として未利用魚の活用やフードロス削減、若手育成への取り組みはしているのでしょうか?
杉本総料理長:専門学校で現場の実態や、自分たちが料理人としてできる持続可能性について教えています。狙ったものだけが水揚げされるわけではないこと、将来の資源枯渇リスクも理解し現場での生産者の努力を知ることで、厨房での無駄削減やフードロス解決に繋げています。
杉本総料理長:直面している課題について、現場のリアルな話を教えてください。
漁業者:若手育成が最重要です。港全体で若手を育てる意識を徹底し、ベテランが指導しています。船を持っていない人でも水産庁の補助制度(リース事業)をうまく活用して船を購入して船長へ移行する際の経済的な負担を軽減するようにしています。これで世代交代がうまく回り、船数の減少を防げています。
最近は、20代の乗組員が増え、40代前後も多いです。労働環境も大事で、以前よりも休みが増え、昔のような過酷な連続操業も減り、魅力向上に寄与していると思います。橋立漁港では、若手船長がここ3~4年続けて誕生しています。
漁業者:全国的に後継者不足は課題ですが、橋立漁港全体の利益を優先し若手に技術を継承する姿勢が重要で、自分たちの港ではベテラン船長が若手の世話を積極的に行い、独立・自立の価値観が根付いていると思います。

漁業者:人手不足の補完としてインドネシア実習生を受け入れていますが、将来、実習生が船長となり船を回すかは別問題であり、日本人の若手の育成が不可欠です。資源の維持と労働環境の整備が継承の鍵です。魚がいない不透明な状況では子どもが継ぎたいと言えません。橋立漁港では中学生でも船に乗りたいという声があり、このような漁師になりたいという魅力を維持していきたいと思います。
5.直面する課題(資材高騰や仲買人との関係)
漁業者:その他の課題としては、資材・燃料・氷など全てが高くなり、ここ数年で資材関係は10%以上もあがっています。魚価を上げて安定収入を目指す必要があり、情報発信やPRでしっかり需要を高め、若手にも魅力を伝えて参入を促したいと考えています。
島田:資材高騰以外で、今すぐは解決困難でも「何とかしなきゃいけない」問題は何でしょうか?仲買人についても意見を聞かせてください。
漁業者:仲買と漁業者は価格で相反する構造です。足並みが揃っていないように感じます。カニの解禁前は仲買人・漁業者・漁協とで協議しますが、この場に旅館関係者の参加は拒否されています。持続的に資源管理と価格形成を行うためにも、同じ目線での協議・意識改革が必要だと感じています。

島田:資源管理を意識しつつ、水揚量も制限していくと、高値になることもありますが、あまりに高すぎると、仲買人や消費者が離れてしまいます。北海道のオオズワイガニなど安価な代替に流れる恐れもあります。
メディア:具体的な連携・価格形成の現状と課題はなんでしょうか?
漁業者:橋立でも誇りを持つ仲買人が解禁時に良い値で落札し平均価格を押し上げています。ただし全てが噛み合っているわけではないですし、仲買人についても後継者不足が深刻です。最終ユーザーである旅館や飲食業も交えた対話が必要だと感じています。高く買い、もっと高く売るための努力を各者が行い、Win-Winを目指すべきです。

6.メディア発信の現状と課題
杉本総料理長:メディア発信の現状と課題、今後の施策について教えてください。
島田:今回の座談会は、地元メディアだけでなく全国メディアにも個別に打診したのですが、残念ながら取材には来れませんでした。一方ズワイガニの解禁日は“撮れ高”もあり、取材に来てもらえやすいです。本日行っている座談会のテーマは非常に重要だと思うのですが、現状はメディアの目線、すなわち世の中の興味関心としては、低いのが現実です。取材誘致にはイベント等のように話題化が必要です。例えばお魚感謝祭のような注目を作り、なぜそれをするのかという本質を伝え、使える発信チャンネルは全て使い、取り上げてもらえる工夫を重ねていくことだと思っています。
杉本総料理長:一次産業の現場に携わる方こそが主役だと考えています。料理人が食材に手を加えているのは、食材の流通の流れの中で「最後のほんの数%」にすぎません。
だからこそ、生産から流通に至るまでの全体に光を当てる発信を両輪で進め、職業としての魅力や必要性を伝えていくべきだと思っています。どうしても「料理」という口にするものや、その直前の工程ばかりが注目されがちですが、実際にはその前段階にこそ大きな価値があると思います。

7.高付加価値の工夫と総水揚げ金額を意識
メディア:漁師と料理人の直接のマッチングや個別のオーダー対応で、どのように高単価化と持続的な関係を築いていけるのではないでしょうか?
漁業者:確かに大量に獲って安く売る発想から、注文に応じて高く売る発想へ転換すべきだと思います。最終ユーザーの視点で、関係者がWin-Winになる仕組みを可視化し、長く深く取り組む場を作り、発信することが重要です。
メディア:船上での処理を顧客別に分けるフルオーダーをしているところもあるかと思います。例えば帝国ホテル杉本総料理長などからの具体的オーダーに応じ、神経締め等の処理方法やサイズを調整するなど。広告塔として有名シェフに使ってもらい、地元・通常流通の魚価全体を押し上げる効果を狙うのもいいのではないでしょうか?
島田:定置網や釣りはある程度できるかもしれないですが、底びき網という漁法で、神経締め等の高度処理はどこまで可能かはわかりませんね。

漁業者:底びきではやれることに限界はありますが、対象魚種(アカガレイ、タイ、カニ、甘エビなど)で処理の工夫は可能です。神経締めをしてオーダーに応じた処理をすれば単価向上は見込めるかもしれません。
島田:「他より3割高」を提示できるなら漁師は対応するインセンティブがありますが、結局は手間と単価のバランス次第かもしれません。一方で仲買や市場との関係を保ちながら、直接取引を進める際の課題もありますね。
漁業者:仲買が直接取引を嫌がる傾向があり、全量が高値で売れるわけではないので、そこが一番の課題です。1匹だけ5倍の単価で売れても残りの9割が安価で買われ、収入が下がってしまう。という話では持続しません。また、仲買人もそれなら直接料理人と取引すれば、となっても水揚した魚をすべて捌けるわけではないので、困る話です。
島田:解決策は、やはり、一部の魚は広告塔効果で知ってもらい、需要を高め通常の市場でのセリ値もしっかり上げること。神経締めのような処理は、全量ではなく可能な範囲で選択的に行うことですね。

8.最後に
メディア:国(例えば水産庁)主導で何をすべきと思いますか?
島田:生産者と最終ユーザーの意見交換・食育の場は、国(水産庁)主導で制度化・もっと推進すべきだと思います。さすがに石川県だけでは限界があり、全国展開が必要な話だと思います。
島田:そろそろ時間ですが、何かあればどうぞ。
漁業者:ぜひ船に乗ってもらえたらいいと思います。
杉本総料理長:ぜひ乗ってみたいです。併せて帝国ホテルにもお越しいただければ、皆さんがとった魚をどのような料理としてお客様に提供しているのか、見て、食べていただきたいと思います。
島田:次は一緒に船に乗り、船上のリアル(ピリピリした状況含む)を体験してもらうのもいいですね。一方漁業者が帝国ホテルに行き、(さすがに、今日のようにTシャツサンダルはダメかもしれませんが笑)シェフが実際に作った料理を漁師側が食べる、双方がフィードバックを得る双方向も大事ですね。まだまだ、語り足りないと思いますが、時間もありますのでここで終わりたいと思います。

初の座談会を終えて
■杉本総料理長からのコメント
今回で3回目の石川県訪問になりますが、訪れるたびに理解が深まり、使いたいと思う食材も増えました。今回の訪問では、より本質的に産地や生産者の取り組みを感じることができました。漁師や生産者が、消費者のことを知りたいと考えている一方で、料理人も生産者のことを知りたいと思っていることを伝えました。その思いは同じであり、今後どのように共に歩んでいくかが重要だと改めて感じました。今回の取り組みが正しい方向であることも再確認でき、良いスタートを切ることができた、と感じています。
同じ生産者でも、時期によって獲れるものやものや育てるものが変わりますし、水揚げされる魚の種類も季節で異なります。実際にその様子を目の当たりにすると、もっと幅広く、より多彩に食材を使いたいと感じます。これこそ料理人本来の姿です。頭の中で考えて、発注すれば翌日食材が届く、そうした環境が当たり前になっていますが、自然のリズムに合わせて、獲れた食材で料理を作ることも必要です。
“いつ行ってもある”という状況が良しとされがちですが、常に食材がそろうわけではありません。お客様にとっても、生産者にとってもその時しかない食材こそ付加価値になります。「何があるか」を知ることが重要であり、産地の取り組みや生産者の思いを理解することが、食材の扱いやフードロス削減にも繋がります。これからも生産者と一緒になり、食の魅力を伝えていきたいと考えています。

■漁業者からのコメント(第十八薫勝丸 辺本准、愛明丸 北川智生、第五恵比寿丸 遠塚谷透)
料理人の方が自分たちの「獲る」という部分を意識してくださっていることは、実際に話してみて強く感じましたし、来ていただいて本当によかったです。私たち自身にとっても多くの気づきがありました。ぜひ今度は船に乗っていただきたいですし、お祭りなどにも参加していただければ、もっと知っていただけると思います。
まだまだ昔ながらの漁師は多く、消費者目線を持つことの大切さを意識している漁師は少ないのが現状ですが、徐々に変えていきたいです。少しずつでも良くなっていければと思いますし、今日の場はそのための良いきっかけになりました。


取材:島田 拓土(しまだ ひろと)
石川県農林水産部水産課
1988年生まれ 石川県金沢市出身。2011年長崎大学水産学部卒後石川県庁入庁。経営指導グループで藻場保全、団体指導、担い手担当、2014年に水産庁漁業調整課指定2班に出向し、沖合底びき網の担当、2016年に石川県に戻り漁業調整、資源管理を5年間担当し、2021年より現在の企画流通グループ流通、県産魚PR、水産業の成長産業化などを担当。魚は釣るより食べる&作る専門で大学の時のバイト経験を活かして実は調理師免許をもっている。