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まだ知らない奥能登のおいしさ発見
輪島に春を告げる“ヤナギバチメ”とは?

2025.05.02
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塩焼きでも、煮つけでも。刺身もおすすめ

 4月1日、輪島港はにわかに活気づきます。なぜなら、ヤナギバチメの刺網漁が解禁となるからです。ヤナギバチメとはウスメバルのことで、メバル(目張)の名の通り、目が大きく、オレンジ色の体が特徴。春から夏にかけて旬を迎え、能登では“春告げ魚”とも呼ばれています。ヤナギバチメは北海道南部から九州沿岸部にかけて広く分布しており、輪島港は石川県内だけでなく、全国でも有数の水揚げ量を誇っています。
 もちろん、味わいも格別です。やわらかく、くせのない白身は、塩焼きにしても、煮つけにしてもおいしくいただけます。石川県内では食卓に並ぶことも多く、おいしかわ県を象徴する家庭の味と言えるかもしれません。豊かな漁場が広がる能登沖は生育に適した格好の場所で、「輪島港のヤナギバチメはサイズも魅力です。1匹600~700グラムと、一般的に流通しているものの約2倍。冷蔵で5日間ほど日持ちするので、少し寝かして刺し身にしても食べ応えがあります。こりこりとした歯ごたえと、上品な甘みは絶品です」
JFいしかわ輪島支所で長年にわたって流通・販売を手がける池豪志販売課長も、輪島産のおいしさに太鼓判を押します。

豊かな里海を守る漁を徹底

 半島の春を彩る海の幸を食卓に届けてくれるのは、輪島港を拠点とする海士町刺網実行組合の皆さんです。刺し網とは、魚の通り道に網を張って、網目に刺したり、からませたりして獲る漁法で、石川県内で広く行われています。ただ、輪島港の刺し網には特色があります。事前に網を仕かけ、1日経ってから回収する「止め網」を行う船が多いのに対し、海士町刺網実行組合では投網してから、2~3時間ほど、長くても6時間以内に引き揚げるようにしています。
 この仕かけ方を選択するのは、「輪島港沖が好漁場で、短時間でもある程度の漁獲量が見込めるから」という理由だけではありません。
「獲り過ぎを防ぎ、豊かな里海を守っていくためでもあります」
 こう教えてくれたのは、海士町刺網実行組合の吉浦真志会長です。20年以上前から組合員で話し合い、資源保護の取り組みを進めているといいます。また、かかった魚が逃げにくいように、網を2重、3重にする刺網漁もあるそうですが、同組合では網を重ねず、網目の大きさも調整し、成長途中の小さなヤナギバチメは抜けられるように工夫しています。
 短時間で網を揚げることで品質も高まります。止め網の場合、どうしても魚同士がぶつかって傷ついたり、大型の魚に食べられたりといったことが起きてしまいます。そんな不具合を防ぎ、鮮度を保つうえでも、短時間での刺し網は適しています。長年にわたる取り組みの成果は徐々に表れているようで、吉浦会長は「魚影も以前より濃くなっていると思います」と話します。

漁師町の灯は消さない

 2024年1月に発生した能登半島地震の影響で、輪島港では昨年4月、出漁はかないませんでした。ヤナギバチメの刺網漁解禁日に船を出せるのは2年ぶり。漁師の皆さんも、さぞかし腕まくりしているのかと思いきや、まだ“肩まで存分に”とはいかないようです。
 取材に訪れた2025年3月下旬、地震から1年以上が経っても輪島港のいたるところに亀裂が走り、海底が2メートルほど隆起した影響で岸壁の位置が高くなるなど、災害の爪痕ははっきりと残ったまま。荷さばき場も3分の2が取り壊しとなり、給油設備や製氷施設も暫定的な復旧にとどまっています。さらに、昨年9月の奥能登豪雨の影響も色濃く残っています。大量の土砂が流入し、港内ではショベルカーを使ったしゅんせつ工事が急ピッチで進められていました。
「ほとんどの船が座礁し、私が保有する船を陸揚げして点検できたのは地震から半年以上が経ってから。漁に出られたのは10月になってからです。以前は荷揚げしてすぐに次の漁に出られましたが、今はそうはいかない。漁港の職員数が減り、荷揚げも選別も自分たちでしなければいけません。出漁できない船も少なくなく、水揚げ量はかつての半分くらいではないでしょうか」(吉浦会長)
 復旧・復興工事をスピーディーに進めるため、一旦、漁を全面的にストップする選択肢もありました。その道を選ばなかったのは、地域のこれからを見据えた決断からです。
「生まれ育った輪島市海士町は漁師が中心の町です。たとえ数年であっても、漁ができなければ、町全体のコミュニティそのものが停滞してしまいます。漁師町の灯が一度でも消えてしまえば、再びつけるのは簡単ではありません」
 吉浦会長はこう話し、これまでに築いた流通網を途切れさせないためにも、輪島の魚を全国に届け続けることを第一に考えました。

おいしさを全国へ。ブランド化に注力

 組合員の皆さんと二人三脚で歩んできたJFいしかわも思いは同じです。水揚げ量が落ち込んでも、能登の魚の魅力を広く発信することで、ブランド化に全力を傾けています。「その先頭に立ってほしいと期待するのがヤナギバチメです。とってもおいしい魚ですが、正直なところ、県外での知名度はまだまだ。輪島産は大都市圏にも流通しているものの、どこで獲れた魚か分からないまま、口にされている方が多いのだと思います。直販に力を入れるなど、PRを進めていきます」と、池販売課長も言葉に力を込めています。
 輪島港では復旧・復興工事が進行中で、2030年には隣接地に荷さばき場の機能移転を計画しています。本格的な刺網漁の再開に向けた道のりは始まったばかり。そんな逆境にあっても、奥能登で輝き続ける漁師町の灯りをより高く、より熱く燃え上がらせるには、全国の消費者の皆さんに食べてもらうことが一番です。能登自慢の春告げ魚・ヤナギバチメをぜひご賞味ください。

ライター 大廣 涼

石川県珠洲市生まれ。七尾高校、金沢大学法学部卒業。編集プロダクション勤務を経て、2021年に独立。個人事務所「オーヒロライティング」をスタートした。自治体広報誌や進学情報サイト、会社案内パンフレット、旅行情報誌など、多岐にわたる媒体の企画・制作に携わる。

2025.05.02